2011年3月27日。
東北関東大震災から何日たちましたか。
地震が起きたとき私はお寺で働いていました。
なぜだかすぐに原発が危ないと思いました。
お寺ではなにも情報は入らなかった。
まさかあんな津波が起きているなんて思ってもなかった。
たくさんの人が死んだ。
見つかってない人がたくさんいる。
あまりにもたくさん過ぎて、わからなくて、心が止まりそうだし頭がぼんやり温度を無くしそう。
私の大切な人たち。
生きてる。
ありがとう。
でもつながってるの。
亡くなった人たち。
あまりにも。
生きていた。
のと
生きてる。
自分を律する。
クールダウンせねば。
意識的にする。
原発、放射能。
怖すぎて怖すぎて。
怖いのは、放射能、放射線、お金に心奪われた人たち、考えないこと、不安に支配される心、見失うこと、目に見えない邪悪な力。敢えてそう書くけど。そしてそれを私や私たちが黙認してきたのも事実。紛れもない。
当事者。
震える。
今も原発で命をかけて立ち向かってくださっている人がいる。
生きてる。
生きてる。
ああああ。
私は今熊本にいる。
そのこともたくさん考える。
たくさんたくさん考える。
静かなところの声がずっとしてる。
ずっと。
まだ聞こえない。
まだ聞こえない。
少しづつ。
今起こっていることと今生きていること。
未来のこと。
手放す。シェアする。
私たちが人間だってことを思い出して自然とともに生きる。
私たちが人間だってことを思い出して誇りを持って生きる。
はっきりわかってるのは子供は光だということ。
想像する。
今生きていること。
まだ間に合う。
未来を希望で想像する。私は何故だか未来のことを思うとき明るい光が見える。
そこに私がいなくとも、それは明るくまぶしい。
大丈夫、だって今生きているんだもん。
諦めではなく、空論ではなく、続いていくと信じている。
祈りより強く。
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